7月31日(日曜日)ラスべガス
ツーリングもいよいよ最終日となった。
昨日買ったラングラーのシャツに袖を通す。外に出ると今朝もすばらしい天気だ。朝食は、モーテル向かいのレストランに入る。コーヒー、パン、卵とベーコンのアメリカ風朝定食。

今日は旧道のルート66を走るのでとても嬉しい。初めにSeligmanという町に立ち寄る。1本のメインストリートに何軒ものルート66グッズのお店があり、雰囲気のある町だ。日本のテレビ番組にも何度か登場した、床屋とみやげ物屋さんが合体したAngelさんのお店に入った。

床屋に人がいて、ガイドさんが「あの人がルート66の保存会の会長さんだよ」と教えてくれたものの、よく分からなかった。筧 利夫さんや山田まりあさんの写真やサインが飾ってあり、店員は日本語で話しかけてきた。

ルート66のステッカーやら、アリゾナのナンバープレートやら、Tシャツ等を購入。

本物のナンバープレートを折り曲げてシステム手帳にしたものがあって驚いた。 日本ではBetty Booというとむかしの人気キャラクターというイメージだが、こちらではバリバリの現役で色んな商品になっている。店の外で何やらマーチが聞こえるので出てみると、パレードが通りかかるところだった。子供がお菓子を投げてくれたので拾った。Tシャツまで私達全員にくれた。あとで見てみると、星条旗を囲むように、God Bless America、God Bless Our Military、US Marine Corps、US Navy, US Army、US Air Forceと書いてあった。めったに手に入れられるものじゃないなと思った。パレードが通りすぎると、町はしんと静まった。 イラクなどでテロと戦うこの町出身の青年達の勇気や誇りそして安全を祈ってのパレードとわかった。

サンタフェ鉄道の線路がメインストリートのすぐとなりを通っている。列車が通るとかなりの爆音だ。親方は「ヘリでも来たのかと思った」と本気でびっくりしていた。

古びたガススタンドやモーテルを横目に数百メートル移動してガス補給。親方とガイドさんがトイレに行っている間に地元のおじさんが話しかけてきたので、「このハーレーは借り物でこれからラスベガスに行きます」と言った。Good Choiceと言ってくれたのは分かった。

ここから60マイルくらい行ったところにHackberryという町まで私が先頭を走った。旧道は道幅が狭く、のんびりした感じがする。車のことは全然分からないが、同じ道を今は博物館でしか見られない車が数十年前まで走っていたのだ。もっと昔には鉄道で、馬車で、徒歩ではるかなカリフォルニアを目指して何万人もの人の夢を 運んだ道なのだ。または夢破れて故郷に帰る人を運んだ道でもある。ときおりサンタフェ鉄道が見えるが遠くて音までは聞こえてこない。パワーユニットが3台連結して160両もの貨車を引く。こんなに長かったらどこで荷下ろしするのだろう?やっぱり道かな。

HackberryのOld Route66 Visiter Center&General Storeは目立つのですぐに分かった。昔の状態が非常によく保存されていて、本当に古いものを大切に使ってきたという感じだ。店の中には昔を再現したミニバーでマネキンがポーズをとっていた。 トイレの中にまで古いドレスや小物が飾ってあり、年代もののポ スターがはってあって、店の主人のこだわりを感じた。私はRoute66を歌った曲を集めたCDとユニークなサボテンのポストカードを買った。
なんとなくアイスクリームがおいしそうに見えてオレンジ味の棒アイスを買った。香料が強くて甘かった。結局、また水を飲んで口直しした。店の外も、古い車や道具が飾ってあったが、だんだん朽ちてきているようだ。T型フォードだけは屋根付のガレージに入っていた。奥まったところにはMusic Hallと銘打った掘建小屋が立っていて、中にはいろっぽい女のマネキンがふたりギターを持ったり歌うポーズをしていた。昔の再現ということなのだろうか?

買ったポストカードによると、町には古い学校の校舎と郵便局が残っているそうだ。アメリカ人の中には、古い建物から昔の生活用品を発掘するコレクターがいると前にテレビで見たことがある。人気の品はサルーンで使われたボトルやグラスなどのガラス製品なのだそうだ。

旧ルート66をさらに西へ、キングマンのハーレーディーラーを訪れた。体育館なみの広さがあってハーレーやビューエルが20台以上展示してあった。パーツも無いものは無いというくらいあって安かったが、何も買わなかった。ウェアやブーツやアクセサリーも品数は豊富にあったのに、大きすぎて合うサイズがなかった。親方とガイドさんは夏用グローブ、私は革のサボを買った。

少し移動して、お腹ごしらえの為SUBWAYに入るが、お昼時で超満員で挫折。次のオートマンで食事をしようということになり店の外の日陰でジュースを飲んだ。ガイドさんと親方は軽くドーナツなんかを食べていた。でっかいコンボイが乗りつけてきて親方はしきりに運転してみたいと言っている。何日も何日も家に帰れずに運転するのは淋しいだろうなあ、と思ったら女性も一緒だった。これならいいかも。

給油したとき、ガソリンの出がわるくてものすごい時間がかかった。タンクが空になる寸前だったのかしらん。

オートマンに向けて出発。今まで見た中で一番アリゾナ砂漠らしい景色が続く。陽炎が立つほど暑いのに、ところどころに大きな水溜りができていて、午前中にも雨が降ったようだ。集合ポストがあり、陽炎の中に家が立っているのが見える。草や木は少なくジョシュアツリーが多く生えている。馬や牛の放牧は見当たらない。白人に迫害される以前からこの過酷な土地にインディアンは住んでいたのだろうか?

遠くに見えていた山にわけ入り、ついに山越えだと思ったら、前方の道がパイロンでふさがれている。車が次々にUターンをしている。何事かと思ったら山道でトレーラーが横転し通行止めになっているという。係員のおじさんはデジカメで撮った写真を見せてくれた。青いトレーラーが横倒しになり、ものが散乱していた。しかたなくオートマン行きは断念した。残念だけど不可抗力だから仕方ない。

もと来た道を戻りながら、前に訪れたオートマンの町を思い出していた。大きなサボテンが立っていて、通りにはロバがいて、お店の前にはボードウォークと馬を繋ぐ横木があって日よけのひさしが渡してある。スィングドアの店もあったっけ。

ガイドさんによると、オートマンの近くで年一回バイカーの集まるミーティングがあり、その時に年収の半分以上を儲けるのであとはのんびりしている町なのだという。また、このオートマンハイウェイは、「1939年、キングマンで結婚式を挙げたクラーク・ゲーブルとキャロル・ロムバートが新婚旅行でオートマンホテルの2階5号 室に泊まった」時に通った道だった。「今でも亡くなったふたりの幽霊は昔を懐かしむように同室に現れ、夜な夜な足音や衣ずれの音や電気のスイッチをカチカチする音を立てるという。(荒野をめざす 魂のルート66・東 理夫著より)」ちなみに著者 は幽霊には会えなかったそうだが、妙に心に残るエピソードだ。ハリウッドスターの新婚旅行にしては慎ましやかだなと思うのは、前回オートマンホテルを見たときあまりにもボロくて営業しているのか不審に思ったからである。

オートマンを過ぎて山を下る時も素晴らしい景色を眺めることができるので、親方にもぜひ見せたかった。

やっとこさキングマンに戻って68号線をブルヘッドシティーに向かう。道はひたすらまっすぐに続いている。もうすぐ旅は終わり。奥田民夫の「さすらい」が今の気分にぴったりだ。

コロラド河を堰止めたモハーベレイクでは大勢の人達がボートに乗ったり泳いだりしている。あまりにも暑くて橋から青い湖に飛び込みたい!95号線に出たところで最後の給油をした。コーラを飲んで少し感傷的になったけど、ぐっとこらえて親方に「ラスト・ランですな」と言ったら親方も何か込み上げてくるものがあったように見えた。

この先ラスベガスまでノンストップだ。慎重に身支度をととのえ、ヘルメットを被り、グローブを付ける。エンジンをかけ、ゆっくり車道にでて左右の確認、そして終わりに向かって発進した。山の色、土の色、空の色、乾いた風のにおい。ガイドさんのトラックの後姿、ミラーに映る親方、ハーレーのエンジン音、ハンドルの大きさ、 シートの座りごこち、風でステップから落ちそうになる足、すべてを忘れたくない。と、暫くはおセンチになっていたけれど、暑さがハンパじゃない。内腿が火傷しそうに熱いので、両足を持ち上げたり、タンクに両膝を乗せたりじっとしていられない。

オートマンで時間を取られてしまったので、ガイドさんはかなり急いでいるみたいだ。ハーレーを4時までに返さなくてはならないので、私達もラストスパートをかけた。

午後4時過ぎ、ラスベガスのイーグルライダーに到着した。全行程1197マイルを無事に楽しく走ることが出来た事にとても満足した。ハーレーを返却し、簡単なアンケートに答え店を出たときは晴れやかな気分だった。

さて、3日ぶりにラスベガスに戻ってきた。ツーリングレポートなので詳しくは書かないが、ガイドさんに日本食をご馳走になった後、親方と遅くまで遊んだ。翌朝、ガイドさんに空港まで送ってもらった。別れる時はやっぱり淋しくて涙が出たが、親方もガイドさんもウルウルしてたよね?

P.S.
あらためてガイドさん、ありがとうございました。いい思い出がたくさん出来ました。

また、木村さん、たった二人の為にツアーを催行していただきましてありがとうございました。フリーダムアメリカは本当に素晴らしいお仕事をしてらっしゃると思います。またお金を貯めて、次はシカゴからニューオリンズまで大陸縦断したいです。

「走っていれば、また会える。」ですよね?

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