By Kaori T.
09/15/2002
朝早く目がさめて、ふと窓の外に目をやると、背中向けに立つ1枚の標識。車で通りかかったアメリカ人の家族がその前で写真を取っている。

もしかしたら、、。の思いで急いで行ってみると、やはり "HISTORIC ROUTE" ルート66の標識だった。1人の記念撮影を終えてしみじみ感触の喜びに浸る。雲が薄いブルーとオレンジに反射するきれいな朝焼けの中を散歩しながら、この”クリントン”辺りがアメリカ大陸のおへそくらいだから半分ひた走ったなあと思った。

ガソリンを給油して再びインターステート ルート40でテキサスを目指す。 日本では1度もバイクには自分で給油したことがなかった自分が、もう何回入れてるだろう。 スタッフの永田氏が教えてくれた通り、レバーが”カチン”と止まってから、手動でタンクすれすれまで入れる。 次のスタンドが果てしなく遠いアメリカの道では、この作業が本当に大切だと感じる。 それにしても、どのレバーも自分にとってはものすごく硬いから汗をかいてしまう。

テキサスに入ってからハイウェーを外れて平行するルート66を楽しむ。アメリカの道にはどんな道でも、何の変哲のない道でも表情がある。

Nothing . . . .

何にもない、、、
何もないところから
エネルギーが湧いてくる
あるのは美味しい空気と
真っ青な空だけ
人の造り出したものといえば
傾いた木の電柱が地平線まで続くだけ、、、

アマリロの Big Texan ステーキランチで昼食を取った後、個人の広大な土地に10台のキャデラックが埋められてあるキャデラックランチへ。 「だからどうなの」という質問をされたとしたら答え様のないもにゅめんと。唯一の答えがあるとしたら、、、「とてつもなく広いから』としか言い様がない。もし私がこの広大な土地の地主なら、1枚の立て看板にこう書く 『どうぞご自由に御覧下さい』と。もちろん、オブジェクトは作らない。

そこから30マイル余り走った”Adrian”の町がルート66のミドルポイント。天気も最高にいい。空の青さがしみてくる。その昔、ルート66はアメリカの夢を運ぶ道とも貧困からの逃亡の道とも呼ばれていた。アメリカンドリームを胸に抱いて豊かなカリフォルニアを目指したマザーロードである。どのくらいの保存状態なのかはわからないけど、世界中のドライバーやバイカーが古き良きアメリカを感じる為にこのルート66を走りにやって来ては感動を持ち帰ると言う。 

テキサスとニューメキシコ州の辺りで、長かったグレートプレーンズも終わり、ついに西部の入り口まで来た。ニューメキシコ州に入って土の色が赤茶色に変わってきた。

インターステート ルート40に戻る少し手前の焼けた熱いアスファルトの道路に先導の永田氏が”タランチュラ”を発見。「ようこそ西部へ」と言わんばかりの毒蜘蛛のお出迎え。どんな出来事にも大騒ぎです。ルート40に乗ると地平線に何やら奇妙なモニュメントが現れてきた。夕日の中にテーブルマウンテンの輪郭がくっきり見える。大陸が見せてくれる演出は、今日も頑張ったご褒美です。

風圧でくだけて粉々になった細胞がゆっくりと、しかも心地よく再生されてゆくみたい。手のひらの豆も水ぶくれが破れないまま硬くなってきた。 それでも走る時はサイモンとガーファンクルの『Mrs.ロビンソン』を歌う。少し虚しくなったら『アメリカ』を歌った。

今日も月が一緒にツクムカリに着いてきた。夜は小林君らとメキシカン料理の店で食事を取る。ツクムカリもルート66の宿場町らしい。古い町並みが街道沿いに残っていた。

 
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